末の松山

 それより野田の玉川・沖の石を尋ぬ。末の松山は、寺を造て末松山といふ。松のあひゝ皆墓はらにて、はねをかはし枝をつらぬる契の末も、終はかくのごときと、悲しさも増りて、塩がまの浦に入相のかねを聞。五月雨の空聊はれて、夕月夜幽に、籬が島もほど近し。蜑の小舟こぎつれて、肴わかつ声ゝに、「つなでかなしも」とよみけん心もしられて、いとゞ哀也。其夜盲法師の琵琶をならして、奥上るりと云ものをかたる。平家にもあらず、舞にもあらず、ひなびたる調子うち上て、枕ちかうかしましけれど、さすがに辺土の遺風忘れざるものから、殊勝に覚らる。

************************************

 8月11日(土)、宮城県多賀城市を訪れた。先ずは壷の碑(多賀城碑)を訪ねて多賀城跡とその周囲を散策した。前回のブログで書いた内容である。今回は多賀城市散策後半の末の松山編。芭蕉も「おくのほそ道」で分けて書いているので、それに倣った次第である。

 芭蕉の旅の目的は色々とあるだろうが、その中でも歌枕の地を巡ることは最大級の目的であったと言えよう。歌枕とは和歌においてしばしば詠まれた言葉や題材のことで、その多くは現代では名所旧跡となっている。歌枕自体は奈良・平安時代に生まれた物が殆どで、実際の場所が定まったのは江戸時代が大半である。各藩が有名な歌枕の地を競って領内に定めており、偽造の可能性は否定できないケースもある。そもそも歌枕は都人が半ば空想で詠んだものであり、実在するかどうかも不明だからだ。前回のブログ記事で書いたように「壷の碑」も多賀城碑説と南部壺碑説があり、これも仙台藩と盛岡藩が競った経緯がある。そんな歌枕の地ではあるが、それはそれとして芭蕉が信じて巡った名所旧跡を巡るのもなかなか楽しいものである。

 「壷の碑」を訪れた後、芭蕉は「浮島」を訪れている。「おくのほそ道」には記されていないが「曾良旅日記」には記されている。現在の浮島は平原に浮かぶ島のようで、神社が鎮座している。浮島も歌枕の地で

しほがまの 前に浮きたる 浮島の
     浮きて思ひの ある世なりけり・・・・・山口女王

陸奥は 世を浮島も ありと云ふを
     関こゆるぎの 急がざらなん・・・・・小野小町

など多くの歌人に詠まれている。
画像

画像

画像


 多賀城跡や浮嶋神社は東北本線の西側にあり、多賀城跡廃寺や「野田の玉川」は東側にある。そのため実際には浮嶋神社を参拝した後に多賀城跡廃寺跡を訪れたが、その件は前回のブログ記事に。そして多賀城跡廃寺跡を訪れた後、「野田の玉川」とそれに架かる「おもわくの橋」を訪れた。
画像

画像

画像

 「野田の玉川」も仙台藩が特定して整備した。小さな川であるがしばしば氾濫して洪水が発生したために、平成4年に多賀城市の「水・緑景観モデル事業」の一環として現状のように整備された。なお岩手県野田村にも玉川があり、そちらも歌枕「野田の玉川」を主張しており、三陸鉄道北リアス線に野田玉川駅が存在する。
 「おもわくの橋」は、前九年の戦いで滅亡した安倍貞任が「おもわく」と言う名の村娘を見染めて、この橋を渡って通ったという伝説が残されている。
画像

画像


次いで「沖の石」と「末の松山」へ。
「沖の石」は「沖の井」とも呼ばれ、ここもやはり仙台藩が特定して整備した歴史を持つ。現在は周囲は住宅街となっており、ここだけ時の流れから取り残されたような独特の雰囲気がある。「沖の石」は福井県小浜市にも存在し、

我が袖は 潮干に見えぬ 沖の石の
     人こそ知らね 乾く間もなし・・・・・二条院讃岐

の二条院讃岐の父・源頼政が現在の小浜市田烏の辺りを所領としていたことを根拠としている。
画像

画像

画像

画像

画像

画像

次いで「末の松山」へ。ここも仙台藩が整備して現代に伝わっているが、岩手県一戸町にある浪打峠も「末の松山」を名乗っていることを併記しておく。
画像

画像

画像

画像

画像

「おくのほそ道」に書かれている末松山の寺がこちらの
臨済宗妙心寺派 末松山宝国寺
画像

画像


 実際に存在するかどうかすら不明な歌枕の地であるが、江戸時代に各藩が競って整備して、同名の地が複数存在することを示してみた。だがそれはそれ。芭蕉もそれを信じて訪れたのだから、芭蕉の気分になって訪ね歩くのも楽しいものである。芭蕉はこの後、塩竈へ向かった。
 一昨年は「壷の碑」と多賀城跡、「沖の石」と「末の松山」だけで精一杯だったが、今回は自転車を持参したのでだいぶ広範囲を巡ることができた。ただボランティアガイドさんたちに薦められた東北歴史博物館と多賀城市文化センターを訪れるだけの時間がなかった。次回は是非訪れてみたい。



おくのほそ道紀行
壷の碑 平成30年8月11日訪問
末の松山 平成30年8月11日訪問
鹽竈神社 平成30年1月1日訪問
松島 平成30年1月1日訪問
平泉 中尊寺と毛越寺 平成29年8月13日訪問
立石寺の秋 平成29年10月1日訪問
立石寺の新春 平成30年1月7日訪問
新庄 平成29年8月26日訪問
羽黒山 平成30年1月3日訪問
鶴岡 平成30年1月3日訪問


「沖の石」と「末の松山」はJR仙石線多賀城駅のそば。東北本線国府多賀城駅とは別の駅であるので要注意。
画像


仙石線
多賀城・・本塩釜

最後に「ゆ処 悠々」へ。天然温泉ではなく、薬湯やラジウム温泉があった。
画像


ゆ処 悠々
宮城県多賀城市八幡4-7-52
022-364-8829
ホームページ
https://www.miyagi-net.org/shop/s/sunhotel/
泉質
時間 10:30~22:30
料金 520円
ボディーソープ、リンス、シャンプーあり

温泉ブログ

秋田県
男鹿市
男鹿萬盛閣
潟上市
天王温泉くらら
鹿角市
大湯温泉 下の湯共同浴場
北秋田市
伊勢堂岱温泉 縄文の湯
湯沢市
湯沢市リフレッシュ交流センター「ほっと館」
横手市
ホテルウェルネス横手路

青森県
大鰐町
正観湯温泉旅館
大鰐町地域交流センター 鰐come
弘前市
白馬龍神温泉
平川市
関の庄温泉

山形県
新庄市
奥羽金沢温泉
天童市
天童最上川温泉「ゆぴあ」
市民いこいの家「ふれあい荘」

宮城県
多賀城市
ゆ処 悠々

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 58

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

2018年08月20日 08:34
こんにちは

末の松山っていうですか。
多賀城跡、いいですね。
城跡はとてもワクワクします。
行ってみたいです。
2018年08月20日 14:38
芭蕉も見たという歌枕なのですね。
各藩が競って歌枕を作り上げたという話は面白いですね。
2018年08月20日 19:26
こんにちは

百人一首で学びました
今度の津波でも
末の松山は
波に越されなかったとか
2018年08月21日 17:26
奈良 平安時代などに 歌われた 
名所 旧跡が 今に生きる人たちに
親しまれているというのが 不思議な
感じがします。
芭蕉が巡った 名所を巡るのも
楽しいですね。
2018年08月21日 21:54
トトパパさん、コメントありがとうございます。
多賀城には名所がたくさんあります。是非訪れてみて下さいね。
2018年08月21日 21:59
長さん、コメントありがとうございます。
太平の世になって、各藩は武力ではなく文化事業で競うようになったのは大きな変化ですよね。歌枕の多くは候補地が複数あるのが困ったところですが。
2018年08月21日 22:04
無門さん、コメントありがとうございます。
そうなのです。東日本大震災の大津波は多賀城市も襲いましたが、末の松山を越えませんでした。これも凄いことですよね。
2018年08月21日 22:05
フラバーバさん、コメントありがとうございます。
私の芭蕉の足跡を巡る旅はまだまだ続きます。楽しいですよ。
2018年08月22日 00:14
こんばんは。
百人一首に詠まれている「末の松山」
とても素敵ですね。
芭蕉さんも足を運ばれたのでしょうね。
いい旅が続いていますね
2018年08月22日 07:59
お早うございます
玉川は日本中に有るんですね
玉川と言うと親しみ感じます
身近な河ですから^^
2018年08月24日 23:45
多賀城に末の松山、古代の歴史ロマンと芭蕉の面影を感じながら散策して楽しめそうですね。東国の武士たちは奈良や平安時代の貴族文化に憧れて、歌枕の探求や再現にいそしんだのでしょうね。
芭蕉もその再現や復活に趣を見出していたと思いますが。
2018年08月26日 10:14
ゴンマックさん、コメントありがとうございます。
百人一首など、和歌に関心がある人には魅力的な場所だと思います。芭蕉もその一人だったのでしょうね。
2018年09月02日 19:02
すーちんさん、コメントありがとうございます。
玉川は秋田県にもあります。上流にある玉川温泉はpH1.05の、日本一の強酸性で、湧出量も毎分9000リットルと日本最大です。玉川温泉はラジウム温泉でもあり、年間15~20ミリシーベルトの被曝で、福島原発事故を上回っています。被曝によるガン治療効果には不明な点もありますが、多くのガン患者が湯治に訪れています。
2018年09月02日 20:06
ミクミティさん、コメントありがとうございます。
多賀城は朝廷による東北経営の最大拠点だっただけあって、全国の国府の中でも抜きん出た存在でした。蝦夷と対峙した軍事拠点でもあったので、都から多くの文人軍人が滞在していましたから、多くの史跡が残されています。歌枕については本文でも書いたように真偽不明ですが、芭蕉をはじめとした多くの文人墨客が訪れていますので、そこにまた新たな意義がありそうですね。

この記事へのトラックバック

  • 出羽仙台街道中山越

    Excerpt:  南部道遙にみやりて、岩手の里に泊る。小黒崎・みづの小島を過て、鳴子の湯より尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす。この路旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす。大山をのぼつて日既.. Weblog: 降魔成道のオフタイム2 racked: 2018-10-08 20:16
  • 雪の山越え

    Excerpt:  10月21日(日)、軽いサイクリングのつもりで国道7号線を走り出した。秋田市から潟上市までなら何度か走っている。今回は五城目町までを往復してみようと思った。  五城目町は国道7号線から分岐した国道.. Weblog: 降魔成道のオフタイム2 racked: 2018-12-09 13:52
  • 象潟

    Excerpt: 江山水陸の風光数を尽して、今象潟に方寸を責。酒田の湊より東北の方、山を越、礒を伝ひ、いさごをふみて其際十里、日影やゝかたぶく比、汐風真砂を吹上、雨朦朧として鳥海の山かくる。闇中に莫作して「雨も又奇也」.. Weblog: 降魔成道のオフタイム2 racked: 2019-02-08 21:56
  • 平泉の秋 後編

    Excerpt:  11月11日(日)、岩手県平泉町を訪れた。中尊寺までの話は前編に。後編は中尊寺を出てからの話。 Weblog: 降魔成道のオフタイム2 racked: 2019-03-10 20:00
  • 阿仁の冬

    Excerpt:  12月16日(日)、秋田内陸線の鉄道旅を楽しんだ。前回は角館武家屋敷を散策し、いよいよ秋田内陸線に乗り込んだところまでをブログ記事にしたが、今回はその続き。 Weblog: 降魔成道のオフタイム2 racked: 2019-06-22 15:06