由利本荘市石脇散策

 3月15日、本荘町中ひなめぐりで由利本荘市を訪れた。本荘郷土資料館は子吉川右岸の由利本荘市石脇にある。前回のブログでは本荘郷土資料館での企画展であるお雛様を記事にしたが、今回はそれ以外の常設展などの紹介から。

IMG_6481.JPG

IMG_6520.JPG

御殿まりの全国コンクールがここ由利本荘市で毎年10月に行われている。昨年は第50回だった。
IMG_6521.JPG

 御殿まりは山形県鶴岡市と秋田県由利本荘市で特に盛んな民芸である。手まりは全国的な伝統民芸だが、その手まりに吊りひもや房飾りなどを付けて飾り物に仕立てたものが御殿まりである。手まりは女児の玩具として古い歴史を持つが、近代に入ってゴム製のボールなどに取って代わられて衰退してしまった。昭和30年代には手まりを手作りする人は殆どいなくなってしまったが、昭和36(1961)年の秋田国体で本荘市が卓球やソフトボールの会場となり、各都道府県の代表選手らに本荘の手まりをプレゼントしたところそれが好評でそこから「本荘ごてんまり」は製作者の育成などが行われて主婦や農婦の内職として盛んに制作されるようになり復活を遂げるに至った。だだ近年は少子高齢化の影響がここにも現れており、後継者育成が急がれるところである。
IMG_6530.JPG

IMG_6531.JPG


IMG_6532.JPG

IMG_6533.JPG

同じ部屋で「本荘刺し子」展も行われていた。木綿が貴重であった時代、農家の野良着は何度も補修され、さらには防寒対策を施されながらここ本荘でも独自の発展を遂げた。機能性はもちろんのこと、美しさも競われたがの「本荘刺し子」である。

IMG_6522.JPG

IMG_6523.JPG


IMG_6524.JPG


IMG_6526.JPG

IMG_6527.JPG
IMG_6528.JPG



 そして常設展示室で私の目を引いたのが帆前船の模型。帆前船はスクーナーなどの西洋帆船と区別するために明治時代に造語された和船の帆船のこと。IMG_6534.JPG

IMG_6535.JPG

IMG_6536.JPG

IMG_6537.JPG

IMG_6538.JPG

IMG_6539.JPG

 子吉川は藩政時代には本荘藩と亀田藩の境界で、河口から少し遡った地点に古雪湊と石脇湊が開かれてそれぞれの藩の水運を担った。廃藩置県によって明治4年7月に本荘県と亀田県が設置され、同年11月には秋田県に統合されたが、明治7年や9年にはまだ古雪港や石脇港が存在したようである。現在の本荘港は大型船舶が寄港できるように日本海に面した場所に作られている。
IMG_6540.JPG

 本荘郷土資料館を出てから由利本荘市石脇を散策した。石脇は子吉川の右岸に位置し、藩政時代には亀田藩の湊町だった。明治22(1889)年に町村制が施行されて本荘城下28町とともに石脇村は新設の本荘町となり、以来本荘の不可分の地域として発展したが、元は別々だった。そんな石脇の歴史を感じながら歩き回ってみた。

 石脇公徳館。ここも本荘町中ひなめぐりの主要会場の一つだったが、今回の新型コロナウイルスの影響でここでのイベントは全て中止された。
IMG_6541.JPG
IMG_6542.JPG

 よく晴れた日で、石脇から鳥海山を望むことができた。私がゴールデンウイークに矢島口から歩いた時もアイゼンやピッケルなどの冬山装備が必要だった。今の時期に鳥海山を歩き回るには、それなりの装備は当然のことながら体力も気力も状況を正しく判断して対応する能力も必要である。初級者を同伴したくない。
 画面の左から右に流れるのが子吉川。画面の下から子吉川に合流するのが芋川。両川に挟まれた地域が菖蒲崎。ここで縄文時代早期の貝塚が発見された。IMG_6543.JPG

IMG_6545.JPG

IMG_6547.JPG

IMG_6548.JPG

芋川も本荘藩と亀田藩の境界で、ここに亀田藩の御番所があったようである。
IMG_6549.JPG

御番所跡のそばにお寺があるようなので参拝してみた。
IMG_6550.JPG

長禅寺の参道を歩くと、なぜか日蓮宗の妙蓮寺があった。

IMG_6551.JPG

その裏側に曹洞宗の長禅寺。IMG_6552.JPG

 来た道を戻りながら斎藤酒造店へ。「由利正宗」や「雪の茅舎」の酒造元である。ここはまだ酒蔵見学したことがないのでいつかしてみたいものだ。IMG_6553.JPG

 子吉川に架かる由利大橋。国道7号の本荘大橋が現在では子吉川の最も重要な橋だが、むしろ由利本荘市民にはこちらの橋の方がメインかも知れない。
IMG_6554.JPG


IMG_6555.JPG

現在由利大橋がある辺りが本荘藩と亀田藩の往来の舟着き場で、ここにも御番所が置かれていた。
IMG_6556.JPG

浄土真宗大谷派 願永寺。私は浄土真宗大谷派の門徒なので当然に参拝。南無阿弥陀仏。IMG_6557.JPG
IMG_6558.JPG

再度川岸へ。この辺りに石脇湊があったようだが、その痕跡は残っていない。IMG_6559.JPG

曹洞宗 石龍寺IMG_6560.JPG

 石脇湊の西方にも御番所があったようだ。IMG_6561.JPG
西ノ口御番所跡辺りから眺める由利大橋と鳥海山。
IMG_6562.JPG

今年も鳥海山を散策したい。IMG_6563.JPG
 最後に大平山三吉神社を参拝した。大平山三吉神社は秋田市広面に里宮がある神社で由利本荘市石脇にも勧請されたようである。奥宮は大平山山頂に鎮座している。今年も大平山を散策せねば。
IMG_6564.JPG

 もう少し石脇を散策してみたかったが、本荘公園の修身館にも行きたかったのでこの辺りで散策終了した。次回は石脇湊の向かいにあった古雪湊の周囲を散策してみたい。それと今年も鳥海山2236mと大平山1170mを散策したいものだ。


縄文遺跡
前期    菖蒲崎貝塚        秋田県由利本荘市
前期~中期 三内丸山遺跡(特別史跡)  青森県青森市
後期    大湯環状列石(特別史跡)  秋田県鹿角市
後期    伊勢堂岱遺跡(史跡)    秋田県北秋田市
晩期    亀ヶ岡石器時代遺跡(史跡) 青森県つがる市

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 33

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

2020年03月30日 11:32
こんにちは

常設展示にも色々な郷土のものが展示られてるんですね。
ごてんまり、いいですね。
綺麗ですね。
鳥海山、綺麗ですね。
2020年03月30日 22:00
本荘郷土資料館の常設展、御殿まりや本荘刺し子など、日本の伝統的な民芸品の暖かさや可愛らしさを感じます。今でも脈々と受け継がれていると思いますが、今後も後継者や継続の支援が必要なのでしょうね。
現代のイベントと合わせて盛り上げ行くのはいいアイディアですよね。
ソフトボール大会で紹介されたなんて、粋な計らいだったと思います。
更に、美しい鳥海山を眺めたり、寺社にお参りしたり、気持ちのいい散策でしたね。
はるる
2020年04月02日 19:10
御殿まりというのがあるんですね。
立派なものです。
刺し子もすばらしいですね。
橋がきれいです。
散策、大いになさってください。
2020年04月02日 20:54
ごてんまりは、てまりで遊ぶ子供用じゃなく、芸術品ですね。
小さくて綺麗なてまりは我が家にもありましたが、子供の頃ポンポン突くと叱られました。
てまりじゃなかったですね^^:
制作技術は伝承していって欲しいです。

200石未満が帆前船ですか。
小回りが利く小型の輸送船ですね。
帆前船をネットで調べると、
「風の力を利用して進む洋式帆船」とありましたが、
これとは違うんですね。
「東京銀器 置物 帆前船」は豪華な洋式の帆船でした。
秋田独自の用法でしょうか?
「帆前船」で検索してみてください。

秋田もイベントがすべて中止の所があるんですか。
全国に広がっている様相ですね。

近代的な由利大橋と歴史ある寺院の対比が目を惹きます。
今年登られる鳥海山も期待しています。

2020年04月02日 22:29
こんばんは。

結構手が込んだ御殿まりですね。
私も若いころ手毬を作っていました。
松本てまりですが、布を丸めて糸をぐるぐる巻いて刺繍糸で模様を
作って楽しんでました。
そのうち、発泡スチロールの玉ができたり、中にオルゴールを入れ
たり等お祝として差し上げたり懐かしい思い出です。
刺し子もとても素晴らしいですね。
降魔成道
2020年04月04日 20:41
トトパパさん、コメントありがとうございます。
私は郷土資料館などを巡るが好きです。その土地ならでは歴史や文化を知ることは楽しいです。
降魔成道
2020年04月04日 21:07
ミクミティさん、コメントありがとうございます。
藩政時代には、秋田県の大半は佐竹氏の版図でしたが、本荘を含む由利エリアはそうでなかったこともあって秋田県内でもちょっと違った文化が息づいています。本荘御殿まりも本荘刺し子もこのエリアならではの伝統文化だと思います。しかし少子高齢化はこのエリアも例外ではないので、後継者の問題は何とかしないといけませんね。
降魔成道
2020年04月05日 22:03
はるるさん、コメントありがとうございます。
御殿まりも刺し子も芸術品ですよね。この文化も大事に守って欲しいものです。外出自粛が叫ばれていますが、人の集まらない場所なら問題ないでしょう。
降魔成道
2020年04月07日 20:40
アルクノさん、コメントありがとうございます。
ごてんまりは芸術家の作品ではなく、一般の主婦の手によるものですが、十分に芸術品ですよね。むしろ民芸品こそが芸術品ではなかと思っています。
200石の船は近くの湊との交易に使われたものでしょう。兵庫津のような例外もありますが、湊の多くは河口に発達しました。川はそのまま内陸への交通路でしたから。ただ河口は上流からの土砂が堆積しやすいので、河口に発達した湊に寄港できる船の大きさには限度がありました。北海道と上方を往来した船の全てが全て1000石舟のような大きな船であったわけではありませんが、大きな船の場合には寄港できず、沖合に停泊して港から小船が迎えに行くケースも少なくありませんでした。近くの湊なら200石船でも十分だったのでしょう。それと水深が浅い河口湊では、船底の平たい船も多く利用されていました。平底船は長距離輸送には不向きなので北前船などには利用されていませんでした。
とうとう緊急事態宣言となったようで、イベント中止は加速しますね。コロナ禍も早く収束して貰いたいものです。
降魔成道
2020年04月07日 20:56
ロシアンブルーさん、コメントありがとうございます。
松本てまりも有名ですよね。てまりの形が夫婦円満の象徴として、花嫁が嫁ぎ先に持参する風習があると何かで読んだことがあります。
たぬき
2020年04月18日 12:06
たぬき
2020年04月18日 12:14
こんにちは。
小さい頃 55年以上前 砂子と言う場所に住んでいましたが、
畑に はり・矢じりみたいなものがいっぱいあったのを、覚えて
います。あの場所にも縄文人が住んでいたのかと思うとうれしいですね。
私の祖先がいたのかも、近くの家には 土器みたいのもあぅた気がします。
また楽しく 拝観させていただきます。
降魔成道
2020年04月20日 19:45
たぬきさん、コメントありがとうございます。
私も縄文時代に関心がありまして、縄文遺跡などをよく巡っています。そこで縄文人が生活していたと思うと何か楽しいですよね。残された道具などを見ながらその時代を空想するのは楽しいです。