大潟村散策

 4月12日(日)、秋田県南秋田郡大潟村を訪れた。

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大潟村にはテーマは異なるが、この様な案内板が各地に設置されている。
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かつて琵琶湖に次いで二番目に広い湖であった八郎潟は、男鹿島が本州にぶつかって男鹿半島となった際に出来た。IMG_6724.JPG

 戦後の食糧難の昭和20年代、食糧増産計画で白羽の矢が立ったのが八郎潟干拓による農地拡大計画だった。昭和28年、干拓事業に強い意欲を持っていた当時の吉田茂首相は干拓事業に関する先進技術を持つオランダと交渉して第一人者であるヤンセン教授と助手の技師を派遣して貰い、その報告書に従って干拓事業が進められた。
 ここでの一番の問題は八郎潟で漁業をを営む漁師らの猛烈な反対運動であった。昭和30年、秋田県知事に当選した小畑勇二郎は八郎潟干拓を県政最重要政策として漁師への漁業補償による解決を進め、昭和32年にいよいよ開拓事業が着工開始した。
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 昭和39年、大潟村が開村した。開村時は6世帯14人の人口だったが、入植者が募られ、現在は3000余人となっている。村民の住居や村役場、商店街などは村中央西部に集中させ、コンパクトシティのように作られている。
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この通りは「桜と菜の花ロード」で、約11kmに渡って桜のピンクと菜の花の黄色の対比を楽しむことが出来る。だが菜の花は見頃を迎えていたが、桜はまだ蕾だった。
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桜と菜の花ロードを進むと途中に大潟富士がある。大潟富士は地表から3.776メートル。山頂の標高は海抜0メートル。
大潟村は八郎潟を干拓して出来た村で、その地表は日本海より約4メートル低い。
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大潟富士の山頂にはこのような方位石が置かれていた。
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大潟富士山頂から眺めた大潟村の田園。田植え前なのでまだ荒涼としている。
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大潟富士の隣にあるモニュメント。上部の水平の部分が日本海の海面の高さを表している。
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大潟村には東経140度の経線が走っている。
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さらに北緯40度の緯線も走っている。
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その経線と緯線が交差する地点がここ。10度単位の緯線と経線が交差するのは日本全土でここだけである。IMG_6740.JPG

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次に訪れたのが生態系公園。詳細は次回のブログで紹介させていただきます。IMG_6748.JPG

道の駅おおがたIMG_6845.JPG

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道の駅の隣にある大潟村干拓博物館
残念ながらコロナの影響で休館していた。
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大潟神社
大潟村唯一の神社IMG_6847.JPG

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大潟神社と伊勢神宮の関係をこの案内板で知った。しかし八郎太郎大神も祀られていたとは。
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大潟神社拝殿IMG_6850.JPG

境内には土俵があった。奉納相撲が行われるのだろう。IMG_6851.JPG

最後にポルダー潟の湯で入浴。そのエリアには大きな菜の花畑がある。
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ここの菜の花畑には線路がありミニSLが走る。しかし今年はコロナ禍の影響でそのイベントは中止していた。
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ポルダー潟の湯
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モール温泉とは植物起源の有機物を含んだ温泉で、大潟村のは500万年前の植物由来の有機物が含まれている。
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ポルダー潟の湯
秋田県南秋田郡大潟村北1丁目3
0185-45-2641
ホームページ
泉質 ナトリウム塩化物強塩泉
時間 6:00~21:00
料金 400円
ボディソープ、ジャンプー、リンスあり


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この記事へのコメント

2020年04月20日 09:37
こんにちは

八郎潟、行ってみたいんです。
なんかロマンを感じるんですよね。
日本昔ばなしに、「八郎潟の八郎」というお話が好きでした。
菜の花、綺麗ですね。
2020年04月20日 15:37
よく整備された 美しい村ですね。
大潟富士の 高さのカラクリが 面白いです。
山頂の標高が 海抜0mは 日本一低い山の座を
当分 譲ることはないですね。
一時は 大阪の天保山が 日本一低い山
と言われていたこともありました。
2020年04月20日 15:37
こんにちは。
戦後大潟村は八郎潟干拓地として広大な穀倉地帯となりましたね。
菜の花畑や桜並木もきっと見事でしょうね。
今年は日本中の桜がひっそり咲いて残念な年になってしまいました。
日本で唯一の経線と緯線が混じるところが大潟村だったんですね、知りませんでした。
降魔成道
2020年04月20日 22:52
トトパパさん、コメントありがとうございます。
八郎太郎の伝説もなかなか壮大ですよね。一人の人が考えたのか、様々な人の空想が融合されてあのような物語が完成したのか不思議な感じがします。いつか八郎潟に、大潟村にいたしてみて下さいね。
降魔成道
2020年04月20日 23:01
フラバーバさん、コメントありがとうございます。
大潟村は干拓して新しく開かれた村ですから、道路も殆ど直線です。アメリカの田舎のような雰囲気があります。大潟富士などの存在が、ここが海面より低いことを実感させてくれます。大潟富士は人工の山なので、日本一低い山と言うのは難しいところですけどね。
降魔成道
2020年04月20日 23:11
ロシアンブルーさん、コメントありがとうございます。
食糧難のために八郎潟を干拓して農地を作ったのに、大潟村が出来たときはコメ余りの時代に突入し、何なんだかな、と思うこともあります。19日の日曜日に桜と菜の花ロードを訪れた人の話では、桜も咲いて桜色と黄色のコラボが楽しめたそうです。私は1週間早すぎたみたいです。
2020年04月21日 10:09
こんにちは
経線と緯線の交差点
興味わきますね^^
人口も増えたんですね
降魔成道
2020年04月21日 22:22
すーちんさん、コメントありがとうございます。
5度単位の経線と緯線が交差する場所は他にもありますが、10度単位はここだけみたいです。北緯40度は秋田岩手を通りますが、北緯30度は九州の南だし、北緯50度は樺太を通りますから。
2020年04月22日 17:52
八郎潟は中学校で教わったぐらいで詳しくは知りませんでした。
干拓地となっていく様子を図で解説しているものがあり、
壮大な工事であったことが分かりました。
全てを埋めず、周囲を水路として残し、灌漑用水として利用する上手いやり方です。
マイナス4m地帯だと、台風やちょっとした津波で干拓地域が水没しないかと心配します。
塩害で農地は打撃を受けると思いますが、
過去の台風では大丈夫だったんでしょうか?

北緯40度と東経140度の経緯度交会点があることは地理で習って知っていましたが、本来なら海底にあった訳ですか。
日本標準時の基準となる東経135度子午線が明石市を通っていますが、別の重みがありますね。
干拓地に神社まであるのには驚きました!
降魔成道
2020年04月23日 22:57
アルクノさん、コメントありがとうございます。
八郎潟は埋め立てではなく干拓です。どちらも海や湖を陸地化する方法ですが、埋め立ては土砂などを投入して水面を埋めていく方法で、干拓は堤防を築いて内部の水をポンプなどで排出していく方法です。八郎潟干拓はオランダの技術を活用して行われました。オランダは国土の1/3が海面より低い、干拓で領土を広げた国で、干拓技術の先進国であることはご承知のことと思います。大潟村の地面はもちろん土地改良されているものの、ほぼかつての湖底なわけですね。マイナス4メートルはそのようなわけです。そのような土地だからこそ、現在も排水設備が整っています。秋田県でも何度か大雨で雄物川氾濫などが起こっていますが、大潟村での水害は発生していません。もちろんハザードマップ作製や避難施設建設など水害を想定した対応はなされているようです。日本海中部地震では日本海でも津波が発生し、秋田県の沿岸でも津波被害が発生しましたが、大潟村には被害はなかったようです。
大潟村の神社には私もちょっと驚かされました。やはり心のよりどころのような存在は必要なのでしょうね。それに大潟村の入植者は全国38道府県に及んでいるので、お祭りなどを通した交流の拠点も必要なのかも知れません。


2020年04月24日 10:15
秋田県大潟村、八郎潟干拓によって生まれた村ですね。
当初6世帯14人というところから始まり、今では3000余人になっているそうですね。
日本海より約4メートル低いというのが凄いというか、怖い気もします。
この村には、東経140度、北緯40度が交わる地点があるとのこと。
道の駅おおがたもあり、干拓博物館が併設されているんですね。
ただコロナ禍の影響で休館中のようですが。
残念ながら緊急事態宣言下の今はどこにも行けませんね。
2020年04月25日 16:06
日本一低い山ですか。面白いですね。
おや、大阪の天保山の方が低いんじゃ無いのと
一瞬思いましたが、なるほど、頂上が
海抜0mと聞いて、納得しました。
八郎潟干拓の話は、小学校の国語の教科書に
載っていたので、よく覚えています。
干拓事業を讃える内容の文章だったような
気がするんですが、今になって考えてみると、
もし湖がそのまま残されていたら、
自然の風景が観光資源としても生かせたんじゃ
無いかなんて、ちょっと考えてしまいました。
2020年04月26日 11:55
日本で二番目に広い湖は八郎潟。子供頃、そう覚えていました。それがいつの間にか無くなってしまったという記憶があります。もちろん、埋め立てられ開拓されたことは知っていましたが、それが実際どんな具合になっているか、興味ありますね。ブラタモリでも少し紹介されていましたよね。
そこを通るのが、「桜と菜の花ロード」でしたか。魅力的な道路ができているのですね。
更に、日本一低い山が標高0mとは。大潟富士というネーミングが微笑ましいです。現代になって、様々なモニュメントや施設があるのですね。そうですよね、開拓されてもう何年もたっていますからね。
降魔成道
2020年04月27日 18:50
トンキチさん、コメントありがとうございます。
大潟村は八郎潟干拓によって誕生したので、初めは人口ゼロでした。埋め立てにしろ干拓にしろ新たに誕生した陸地は既存の市町村に編入されるのが普通で、この様に新たに地方自治体を立ち上げるのは明治以後は初めてのことだったそうです。入植者が募られて、3000余まで増えたようです。
アルクノさんへの返信にも書きましたが、大潟村は八郎潟干拓によって誕生したので、大潟村の地表は八郎潟の湖底ということです。万が一を考えるとちょっと怖いですよね。でも干拓で国土を拡げて国土の1/3が海面より低いオランダの技術ですから大丈夫なのでしょう。
干拓博物館はまだ入館したことがないのでちょっと残念でした。またの機会ですね。
降魔成道
2020年04月27日 19:09
yasuhikoさん、コメントありがとうございます。
大潟富士にしろ天保山にしろ人工山なので、日本一を競っても仕方がないですよね。まあ話のネタにはなりますが。
食糧増産のために八郎潟を干拓したわけですが、干拓が終わって大潟村開村のときにはコメ余りの時代になってしまったのは皮肉なことです。干拓前の八郎潟は汽水湖だったのでシジミが多く採れたようで、冬季は湖面が凍るので、そこの穴を開けてのワカサギ釣りが行われていたようです。そんな八郎潟が残っていても良かったのかも知れませんが、今となってはどうにもなりませんね。
降魔成道
2020年04月27日 19:24
ミクミティさん、コメントありがとうございます。
大潟村はブラタモリでも紹介されていましたか。残念ながら私は観ていません。どのように紹介されたのかちょっと興味があります。大潟村の大半は水田ですが、様々な施設もあって面白いエリアです。広大で平坦な地形を生かしたソーラースポーツラインがあり、ソーラーカーの大会も行われています。今年はコロナの影響でどうなるか分かりませんが、もし開催されたらブログ記事にしたいと思っています。