テーマ:おくのほそ道

平泉の夏

 9月1日(日)、岩手県平泉町を訪れた。前日は宮城県塩竈市と松島町を訪れて秋田に帰り、ちょっとした強行軍。でも今回は一人旅なので、気軽と言えば気軽かも。 JR平泉駅から毛越寺に真っ直ぐ伸びる道が毛越寺通り。中尊寺に至る通りが中尊寺通り。いつもは中尊寺通りを通って柳ノ御所跡、無量光院跡、高館義経堂などを巡って中尊寺に向かうが、この日は逆…
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松島島巡り遊覧船

早朝、塩がまの明神に詣。国守再興せられて、宮柱ふとしく、彩椽きらびやかに、石の階九仞に重り、朝日あけの玉がきをかゝやかす。かゝる道の果、塵土の境まで、神霊あらたにましますこそ、吾国の風俗なれと、いと貴けれ。神前に古き宝燈有。かねの戸びらの面に、「文治三年和泉三郎奇進」と有。五百年来の俤、今目の前にうかびて、そゞろに珍し。渠は勇義忠孝の士…
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立石寺の御朱印

山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。麓の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、松栢年旧、土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て、物の音きこえず。岸をめぐり、岩を這て、仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみお…
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象潟

江山水陸の風光数を尽して、今象潟に方寸を責。酒田の湊より東北の方、山を越、礒を伝ひ、いさごをふみて其際十里、日影やゝかたぶく比、汐風真砂を吹上、雨朦朧として鳥海の山かくる。闇中に莫作して「雨も又奇也」とせば、雨後の晴色又頼母敷と、蜑の苫屋に膝をいれて、雨の晴を待。其朝天能霽て、朝日花やかにさし出る程に、象潟に舟をうかぶ。先能因島に舟をよ…
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出羽仙台街道中山越

 南部道遙にみやりて、岩手の里に泊る。小黒崎・みづの小島を過て、鳴子の湯より尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす。この路旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす。大山をのぼつて日既に暮ければ、封人の家を見かけて舎を求む。三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す 。  蚤虱馬の尿する枕もと **********…
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末の松山

 それより野田の玉川・沖の石を尋ぬ。末の松山は、寺を造て末松山といふ。松のあひゝ皆墓はらにて、はねをかはし枝をつらぬる契の末も、終はかくのごときと、悲しさも増りて、塩がまの浦に入相のかねを聞。五月雨の空聊はれて、夕月夜幽に、籬が島もほど近し。蜑の小舟こぎつれて、肴わかつ声ゝに、「つなでかなしも」とよみけん心もしられて、いとゞ哀也。其夜盲…
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壷の碑

壷碑 市川村多賀城に有。 つぼの石ぶみは高サ六尺餘、横三尺斗歟。苔を穿て文字幽也。四維国界之数里をしるす。此城、神亀元年、按察使鎮守府将軍大野朝臣東人之所置也。天平宝字六年参議東海東山節度使同将軍恵美朝臣修造而、十二月朔日と有。聖武皇帝の御時に当れり。むかしよりよみ置る哥枕、おほく語傳ふといへども、山崩川流て道あらたまり、石は埋て土に…
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立石寺の新春

 1月7日(日)、立石寺を訪れた。昨年10月1日に秋の立石寺を参拝したが、今回は雪景色を見たくなたので。 JR羽前千歳駅 奥羽本線所属駅で、仙山線の終点駅。 羽前千歳駅から眺めた奥羽山脈 JR山寺駅のプラットホームから。 対面石 山寺を流れる立谷川 立石寺の石段はここから始まる。 …
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鶴岡

 羽黒を立て、鶴が岡の城下、長山氏重行と云物のふの家にむかへられて、俳諧一巻有。左吉も共に送りぬ。川舟に乗て、酒田の湊に下る。淵庵不玉と云医師の許を宿とす。  あつみ山や吹浦かけて夕すヾみ  暑き日を海にいれたり最上川 ************************************  1月3日(水)、雪の羽…
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羽黒山

 六月三日、羽黒山に登る。図司左吉と云者を尋て、別当代会覚阿闍利に謁す。南谷の別院に舎して憐愍の情こまやかにあるじせらる。  四日、本坊にをゐて誹諧興行。 有難や雪をかほらす南谷  五日、権現に詣。当山開闢能除大師はいづれの代の人と云事をしらず。延喜式に「羽州里山の神社」と有。書写、「黒」の字を「里山」となせるにや。「羽州…
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松島

 抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。東南より海を入て、江の中三里、浙江の潮をたゝふ。島々の数を尽して、欹ものは天を指、ふすものは波に匍匐。あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし…
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鹽竈神社

 早朝塩がまの明神に詣。国守再興せられて、宮柱ふとしく彩椽きらびやかに、石の階九仞に重り、朝日あけの玉がきをかゝやかす。かゝる道の果、塵土の境まで、神霊あらたにましますこそ、吾国の風俗なれと、いと貴けれ。神前に古き宝燈有。かねの戸びらの面に文治三年和泉三郎寄進と有。五百年来の俤、今目の前にうかびて、そゞろに珍し。渠は勇義忠孝の士也。佳命…
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立石寺の秋

 山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。麓の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、松栢年旧、土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て、物の音きこえず。岸をめぐり、岩を這て、仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみ…
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新庄

 最上川のらんと、大石田と云所に日和を待。爰に古き誹諧の種こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、芦角一声の心をやはらげ、此道にさぐりあしゝて、新古ふた道にふみまよふといへども、みちしるべする人しなければとわりなき一巻残しぬ。このたびの風流爰に至れり。  最上川はみちのくより出て、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなど云おそろしき難所有…
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中尊寺と毛越寺

 8月13日(日)、平泉を旅行した。 中尊寺の表参道入口にある武蔵坊弁慶の墓。 弁慶については、確かな資料では「吾妻鏡」の中に義経の郎党の一人として列記されているのみで、その他は一切不明である。五条大橋での義経との出会いや、勧進帳の名場面などは全くの虚構であろう。この墓も本物である可能性は限りなくゼロに近い。そう言うことをわきま…
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平泉

 三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有。秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。まず高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河也。衣川は和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落入。泰衡等が旧跡は、衣が関を隔てて、南部口をさし堅め、夷をふせぐとみえたり。偖も義臣すぐつて此城にこもり、巧名一時の叢となる。「国破れて山河あり、城…
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