壷の碑

壷碑 市川村多賀城に有。
つぼの石ぶみは高サ六尺餘、横三尺斗歟。苔を穿て文字幽也。四維国界之数里をしるす。此城、神亀元年、按察使鎮守府将軍大野朝臣東人之所置也。天平宝字六年参議東海東山節度使同将軍恵美朝臣修造而、十二月朔日と有。聖武皇帝の御時に当れり。むかしよりよみ置る哥枕、おほく語傳ふといへども、山崩川流て道あらたまり、石は埋て土にかくれ、木は老て若木にかはれば、時移り代変じて、其跡たしかならぬ事のみを、爰に至りて疑なき千歳の記念、今眼前に古人の心を閲す。行脚の一徳、存命の悦び、羈旅の労をわすれて、泪も落るばかり也。

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 8月11日(土)、お盆休みの初日、宮城県多賀城市を訪れた。当日は山形市の山寺立石寺を参拝するつもりだったが、大雨の影響で秋田発新庄行の奥羽本線上り列車は院内止まりとなった。そこで目的地を多賀城に急遽変更した次第である。「青春18きっぷ」を利用した気ままな一人旅なので、予定変更は自由自在である。多賀城には2年前にも訪れているが、そろそろまた訪れてみたいと思っていたところだったので、良かったのかも知れない。
 秋田駅から奥羽本線に乗り、横手駅で北上線に乗り換えて、北上駅から東北本線で国府多賀城駅で下車した。国府多賀城駅西口に観光案内所があり、ここで情報と資料を得たのも前回と同じ。ただ今回は折り畳み式自転車を持参しているので、徒歩に頼った前回より広範囲に見て回れるのが違う。

 先ずは壷の碑へ。
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 多賀城碑は奈良時代の石碑で、陸奥国の国府であった多賀城の入口に建てられた。この石碑は江戸時代初期に発見され、偽作説も起こり真偽論争が活発に行われたが、現在は真作説が定説である。碑文には天平宝字6(762)年に藤原朝狩が修造したことが記述されており、昭和38(1963)年の発掘調査で8世紀半ばに大規模な改修工事が行われたことが明らかとなり碑文と一致したことによる。この改修に関しては他の文献では確認されておらず、碑文が唯一の文献資料であり、江戸時代初期に仙台藩が偽造するのは不可能だからである。

 この石碑は土中に埋まっていたとか、草むらの中に倒れていたなど発見当初に関しては確かなことがわからない。ただ発見当初から歌枕の一つとして知られる「壷の碑」ではないかと噂された。芭蕉もその説を信じてここを訪れている。歌枕の「壷の碑」は12世紀末に編纂された「袖中抄」に「みちのくの奥につものいしぶみあり、日本のはてといへり。但、田村将軍征夷の時、弓のはずにて、石の面に日本の中央のよしをかきつけたれば、石文といふといへり。信家の侍従の申しは、石面ながさ四五丈計なるに文をゑり付けたり。其所をつぼと云也」とあることによる。「壷の碑」はこの多賀城碑説の他に青森県東北町の南部壺碑説も有力であり、

陸奥の 奥ゆかしくぞ 思ほゆる
      つぼの碑 外の浜風・・・・・西行

などは南部壷碑説の方が有力に感じられたりする。ただ歌枕は実物を見ながら詠まれたのではなく、都人が遠い異郷に想いを寄せて詠んだ半ば空想上の産物なので、実際の所在地や実物が歌枕でのイメージと大いにことなることがあるのは珍しいことではない。今は多賀城碑を「壷の碑」と信じて周囲を散策する方が楽しい。

「壷の碑」は小さな丘にあり、周囲はこんな感じになっている。
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道路を渡り多賀城跡へ。
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多賀城は奈良時代から平安時代まで陸奥国の国府であり、鎮守府が置かれた古代城柵である。奈良京都の中央から見て、対蝦夷の最前線の総指令部であり、、東北の政治軍事文化の中心であった。出羽国の秋田城も多賀城と連携し、あるいは指示を受けていた。
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台風13号が過ぎ去り、多賀城はまぶしいくらいの晴天の下にあった。
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階段を上り切るとボランティアガイドさんたちが待っていて、案内説明して下さる。これも2年前と同じ。
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政庁南門跡
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政庁正殿跡
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政庁の周囲には今でもはっきりした土塁が残っている。ガイドさんの話ではこの上に3mの板塀があったとか。
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そしてガイドさんお薦めの周辺の多賀城関連社寺を巡ってみた。
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多賀城の歴史的遺産の多さは全国でも屈指だろう。
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陸奥総社宮
国司には赴任地国内の各神社を巡拝する任務があったが、国府近くにそれらの神々を合祀した総社神社を設けて手抜きと言うか効率化を図った。江戸時代には陸奥国一宮・鹽竈神社の14末社の1社となった。
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六月坂地区の役所跡
この辺りには倉庫が建てられていたらしい。
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多賀神社
近江の多賀大社を勧請したものだが、多賀大社と多賀城の共通の多賀の関係が気になる。
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多賀城神社
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貴船神社
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伏石
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多賀神社はもう一つある。
多賀城衰退とともに上記の多賀神社が廃れ、浮島神社と混同された時代が続き、浮島神社から分社したのがこちらの多賀神社である。
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私が写り込んでるなぁ。
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多賀城跡附寺跡
多賀城とともに建立された付属寺院で、太宰府観世音寺と伽藍配置が同じであった。現在は公園として整備されている。
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おくのほそ道紀行
壷の碑 平成30年8月11日訪問
鹽竈神社 平成30年1月1日訪問
松島 平成30年1月1日訪問
平泉 中尊寺と毛越寺 平成29年8月13日訪問
立石寺の秋 平成29年10月1日訪問
立石寺の新春 平成30年1月7日訪問
新庄 平成29年8月26日訪問
羽黒山 平成30年1月3日訪問
鶴岡 平成30年1月3日訪問

最後にJR国府多賀城駅
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東北本線
仙台・・・国府多賀城-塩釜-松島・・・・小牛田・・・・・・・・一ノ関-山ノ目-平泉・・・・・北上・・・・・・・・・盛岡

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この記事へのコメント

2018年08月16日 01:27
こんばんは。

宮城県多賀城市ですか。
この前出張に行った時、ちょっとだけ通過しました。
もちろん、どこにも行ってないです。
いい感じのところですね。
ゆっくり仕事じゃない時に行ってみたいです。
2018年08月16日 07:19
お早うございます
ボランティアの方が説明して
下さるのは良いですね、立て札を
よんでもよく分からないことも
大雨、大変ですね~
2018年08月16日 17:17
折り畳み自転車を持参。考えましたね。
謎深い 壷の碑の 歴史をたどるのも
面白そうですね。
京都にも貴船神社があります。
なんとなく親しみを感じます。
2018年08月17日 06:44
おはようございます。
歴史を感じますね。ボランティアの方の
説明は嬉しいですね。
抜けるような青空、自転車で散策。
いい旅でしたね。
2018年08月18日 13:24
こんにちは。
以前に多賀城跡の紹介して下さいましたね。
多賀城の歴史を訪ねるには広い範囲ですね。
折りたたみ自転車があれば時間短縮、訪ねる場所も広がり有意義な旅でしたね。
2018年08月18日 22:34
こんにちは

伝説は伝説として
何時の時代も
ロマンを掻き立てますね
2018年08月21日 19:50
トトパパさん、コメントありがとうございます。
多賀城は仙台と松島の間なので、通過点になってしまうことが普通だと思います。私も「おくのほそ道」の芭蕉の足跡を巡る旅をしていなければ来ることはなかったかも知れません。でもなかなか魅力的な場所だと思いますよ。
2018年08月21日 19:56
すーちんさん、コメントありがとうございます。
ボランティアガイドさんたちには私も良くお世話になっています。私も定年退職後にやってみたいと思っております。
2018年08月21日 20:57
フラバーバさん、コメントありがとうございます。
京都市左京区の貴船神社は全国450社の貴船神社の総本社です。
でもまだ私は参拝したことがないんですよ。訪れてみたいです。
2018年08月21日 21:04
ゴンマックさん、コメントありがとうございます。
暑いには暑いですが猛暑と言うほどでもなく、良い一日でした。青空がとても綺麗でした。こんな日に自転車で散策するのは楽しいですよ。
2018年08月21日 21:21
ロシアンブルーさん、コメントありがとうございます。
二年前旧ブログに書いたことを覚えていて下さったのですね。ありがとうございます。訪れることでさらに興味が湧いてまた行ってみたくなりましたよ。

2018年08月21日 21:31
無門さん、コメントありがとうございます。
そうなのですよね。
厳然たる事実も大切ですが、私は学者じゃないので、歴史ロマンも大好きです。

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