秋田酒類製造さん見学

 11月17日(金)、秋田の地酒「高清水」の蔵元である秋田酒類製造株式会社を見学させていただいた。私は会社員で平日は仕事があるが、この日はたまたま休みでそれを利用した。なお見学には事前に申込みが必要で、ホームページから申込み出来る。

秋田酒類製造株式会社ホームページ
http://www.takashimizu.co.jp

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 この日この時間に見学を申し込んだのは私一人だったが、とても丁寧に対応して下さった。見学は酒造工程を10分ほどの映像で学ぶことから始まる。酒造工程を知らない人には良い勉強になるだろうし、その後の理解も深まるだろう。
 秋田酒類製造さんは秋田市川元の本社蔵と秋田市御所野の御所野蔵の二つの工場があるが、映像は御所野蔵のもので、コンピュータ制御のオートメーションには、まあある程度知っていたが、それでも驚かされた。
 
今回実際に見学させていただいたのは、ここ仙人蔵。御所野蔵とは対照的に、ここでは全てが手作業で行われている。
以下、秋田酒類製造株式会社ホームページからコピペ
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2005年春、高清水中仙蔵(大仙市中仙町長野)が、最後の仕込みを終えました。縁があって初桜酒造店からの営業権譲渡をうけ、平成3年から14年間、吟醸酒や純米酒といった高級酒の製造はもとより「特撰」などの仕込みも担ってきました。 中仙蔵の位置する仙北平野は、県内有数の米どころであり、豪雪地帯でもあります。雪にたたずむ酒蔵の風情とぬくもり、寒の厳しい冷え込みは、何ものにもかえがたい財産でした。しかし、中仙蔵の泰然とした時の歩みも、業界や社会環境の急速な変化には抗しがたく、賃貸契約の終了を機にその短い歴史の幕を閉じたのです。

2005年秋。本社蔵の中に一つの小さな蔵が復活しました。 その名は「酒造道場仙人蔵 (さけどうじょう せんにんぐら) 」。高清水の歴史を 現代に伝える手造りの蔵です。1953年(昭和28年)の建設で、古い柱や梁 が、当時そのまま残されています。厳寒の冬、ここで蔵人たちは、今では希少な昔ながらの道具を 使い、伝統の秋田流寒造りを体得します。 中仙蔵で活躍した蔵人の技を継承 し、次の時代に伝える思いをこめて中仙人(なかせんびと)から「中」の字をとり 「仙人蔵」として蘇りました。今ある酒に磨きをかけるために。蔵人が心身ともに研 鑽を重ね、秋田の伝統の酒造りをより深く知るために。 そして未来に続く「新たな伝統」の醸成のために。高清水の時を超える願いを、この 蔵にこめました。先人たちが遺してくれた酒造りの心と伝統。そのすべてを引き 継ぎ、蔵人一同よりよい酒をめざします。

仙人蔵の再生は、中仙蔵での酒造りがなくては実現しなかったと言っても過言ではありません。中仙蔵の裏手にある長野神社に、顕彰碑が建立されている星野友七翁は、幕末から明治にかけて秋田の酒造技術の礎を築いた人物であり、中仙蔵のあった中仙町長野を、酒造りの伝承のための土地に選び、そこで多くの師弟を育てあげた人物です。後にその師弟たちは、「長野杜氏」とよばれる杜氏集団にまで発展しました。このような土地で培った手造りの技を、本社へ移し、さらに後世へと伝承させる「酒造り道場」の役割を仙人蔵に託したのです。
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ここではコンサートなどが行われることもあるらしい。
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詳細は分からないが、女性杜氏が何か作業していた。
8月4日のFacebookからコピペ
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【高清水の蔵に初の女性杜氏が誕生!】

秋田県内の杜氏集団「山内杜氏組合」の杜氏試験に当社の「冨岡浩子」がみごと合格。高清水の蔵に「女性杜氏」が誕生しました。

1922年(大正11年)に組合が設立されてから、女性が合格するのは初めてのこと。

冨岡が入社したのは今から9年前。入社当時から「仙人蔵」で、四代目杜氏「皆川昇」に鍛えられ、酒造りについて日々研鑽してきた努力家の彼女は、デザート純吟の開発にもかかわるなど実力を発揮してきていました。

師匠である「皆川杜氏」は2年前に亡くなってしまいましたが「皆川杜氏にも、合格した事を心の中で報告しました。」と、少し涙を浮かべながら話してくれました。

「皆川杜氏のキャッチフレーズだった『望むのは、酒を飲む人の笑顔ただ一つ』を忘れずに、これからも愛情を持って丁寧に酒造りをしていきたい」と笑顔で合格証書を見せてくれました。

今秋からは菊地杜氏と力を合わせて、女性ならではの感性を生かした、おいしい酒造りに取り組んでいきますので、ご期待下さい!
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2Fの資料館。
秋田酒類製造さんは昭和19(1944)年設立なので、歴史の浅い酒造メーカーだと思っていたらさにあらず。戦時中に国の指導で24の酒造業者が合併して設立されたので、個々の業者の創業は江戸時代に遡る。なお戦後に独立や廃業した業者もあり、現在は12業者が残っている。昭和22(1947)年に公募で酒銘を「高清水」「千秋桜」に決定。「高清水」は秋田で一番目にする酒銘だが、「千秋桜」は見た覚えがない。調べてみたところ2級酒に「千秋桜」が使われていたようで、平成4(1992)年に日本酒級別制度が廃止されてから消滅したようである。
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「菊水」も合併した24業者の一つ。「菊水」と言えば新潟県の酒銘で有名だが、実は秋田の「菊水」の方が200年以上古い歴史を持っていたりする。
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この様な古い用具の中には最近まで使われていたものもあるとのお話。
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 最後は試飲のコーナーへ。ここでは仕込みに使われた水と8種の酒が試飲できた。水は本社の敷地内で採水され、本社蔵はもとより御所野蔵でも使われているとのこと。この辺りの地名が秋田市川元であることからも想像出来るように、雄物川に旭川と太平川が合流する場所で、伏流水が豊かである。仕込み水を実際に飲んでみたところ、癖がなく、蒸留水でも飲んでいるように感じられた。
 そして酒の試飲。水に癖がない分、酒も変な癖がない。「ひやおろし」と新酒の味比べしたり楽しんだ。いつも飲んでいる「純米大吟醸」と違う酒を味わうのも良い。「デザート純吟」を飲んだのは今回が初めて。上記のFacebook記事にもあるように女性杜氏が開発に関わった酒で、女性をターゲットにした新しいタイプの酒である。アルコール度数が12.5度と低めで、日本酒としては物足りなくも感じるが、しっかりとした旨味が楽しめた。
 それと今回初めて味わったのは「梅酒 日本酒仕込み」。梅酒は青梅と氷砂糖と蒸留酒(ホワイトリカー、焼酎、ブランデーなど)で造るものと思い込んでいたが、この「日本酒仕込み」は日本酒に漬け込んで日本酒の旨味と梅の酸味を調和させた代物。一般的な大手梅酒メーカーの製品なんかもう飲まれないかも。はっきりと次元が違った。ただ近所のスーパーで高清水の梅酒を見た覚えがない。ここに直接買いに来るか。
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 今回は実際の仕込み作業などは見学出来なかった。本格的な仕込みは12月から2月頃で、その時期に見学申込みするのが良かったのかも知れない。大手酒造業者は季節に関係なく醸造しているかと思われるが、実際にはそんなことはなく、冬に杜氏集団がやって来て本格的に醸造する。ここ秋田酒類製造さんも例外ではない。

 秋田酒類製造さん、案内して下さり、丁寧に解説して下さり、本当にありがとうございました。また寄らせていただきます。



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