花巻散策~宮沢賢治のふるさと

 5月19日(日)、岩手県花巻市を散策した。秋田新幹線で盛岡経由新花巻下車というコースもあるが、学生時代から各駅停車での貧乏旅行ばかりしている私は、今回もやはり各駅停車の旅をしてしまった。往路は秋田から奥羽本線で大曲へ、田沢湖線に乗り換えて盛岡へ、そして東北本線に乗り換えて花巻へ。復路は花巻から東北本線で北上へ、北上線に乗り換えて横手へ、そして奥羽本線に乗り換えて秋田へ戻った。

東北本線 花巻駅


IMG_2379.JPG
 宮沢賢治の故郷である花巻には賢治の足跡があちこちに残っている。駅の観光案内所でパンフレットや地図を入手して、行かれそうな範囲で散策してみることとした。

花巻駅からさほど遠くない場所に賢治の生まれた家が残っている。賢治の母の実家である。8月中に公開されるようだ。

賢治とは関係ないが道中お寺を見つけて参拝した。
IMG_2382.JPG 
 多田等観は明治から大正時代にかけてチベットで修行して、チベット仏教を日本にもたらした僧侶である。現在でこそチベット仏教を研究する宗教家や学者は少なくないが、多田等観はその最初の日本人である。生家は秋田市土崎の西船寺(浄土真宗本願寺派)で、秋田県立秋田中学校(現在の秋田県立秋田高等学校)卒業後に京都の龍谷山本願寺で学び、第22世法主・大谷光瑞にその才覚を認められ、ダライ・ラマ13世が派遣したチベットの高僧ら留学生3人の世話役と日本語教師を任命された。この間にチベット語を習得するものの、チベット人留学生3人には完璧な秋田弁を教え込んで日本語教師を罷免されたエピソードを持つ。京都では秋田弁は日本語として認められなかったらしい。まあ秋田市在住の私もお年寄りの話す完璧?な秋田弁は理解できないが。

IMG_2383.JPG

帰命無量寿如来 南無不可思議光

善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく「悪人なほ往生す いかにいはんや善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆゑは、自力作善の人は、ひとへに他力をたのむこころ欠けたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。よつて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。


本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人


IMG_2386.JPG

宮沢賢治の実家である。宮沢家の表札が出ているが、賢治は生涯独身で子供はいなかったはずだから、親族が住んでいるのであろうか。個人の住宅であり一般公開されていない。写真の右下にも少し写っているが、「見学はご遠慮下さい」の表示があった。
IMG_2387.JPG

 Google Map に「賢治の広場」とあったので、寄ってみることにした。中でコーヒーをいただいた。
「賢治の広場」中には何やらノスタルジックな雰囲気のグッズが展示されていた。許可をいただいて、数枚撮影。



この日、商店街の「どでびっくり市」が開催されていた。

観光案内所でいただいた地図を頼りに「白鳥の停車場」にやってきた。「銀河鉄道の夜」を読んだことのある人なら、いや読んだことのない人でも知る人の多い「白鳥の停車場」。ジョバンニが巡った星々の駅の名のついた場所が他にもあるのか調べたいところだが、今回は時間的都合で断念した。次回はそれを調べるために花巻を訪れるのも良いかも。

IMG_2399.JPG

 このすぐ裏手に「イギリス海岸」がある。賢治はみちのくを流れる大河・北上川のこの辺りを気に入っていて「イギリス海岸」と名付けた。
 「イギリス海岸」という題名のさほど長くない文章の中に「日が強く照るときは岩は乾いてまっ白に見え、たて横に走ったひゞ割れもあり、大きな帽子を冠ってその上をうつむいて歩くなら、影法師は黒く落ちましたし、全くもうイギリスあたりの白の海岸を歩いてゐるやうな気がするのでした。」とある。現在は北上水系のダム整備による河川管理が進んで水位がほぼ一定となっているが、かつては乾期には水位が下がって泥岩層がしばしば現れたようで、それを賢治は「の海岸」と表現したようである。
 童話「銀河鉄道の夜」の「プリシオン海岸」のモデルもここ「イギリス海岸」である。賢治の作品の中で、モデルとなった場所が特定されているのは多分ここだけではないだろうか。


次に訪れたのが「宮沢賢治イーハトーブ館」。列車の旅では折り畳み自転車を持参することの多い私であるが、この日はそれを持ってこなかった。「イギリス海岸」からここまで10㎞以上あり、徒歩で2時間半ほど要した。途中で新渡戸稲造記念館の案内板を目にし、そちらも寄ってみたかったが、時間的都合で断念した。

IMG_2411.JPG

「宮沢賢治イーハトーブ館」をはじめ、「宮沢賢治記念館」「宮沢賢治童話村」などが集中するこの小高い山の名前は「胡四王山」。秋田市寺内やにかほ市象潟で古四王神社について説明したとき、奥羽や越後には越王、高志王、古四王、胡四王などと称する神社が点在し、それが四道将軍の一人で北陸に派遣された大彦命を祭った神社であることを書いたが、ここにもそれらしき神社があるようだ。

IMG_2412.JPG

「賢治とゴッホの原風景」という企画展が行われているようだ。
賢治がゴッホに憧れていたことは良く知られているが、二人には共通点がある。どちらも37歳でこの世を去ったことだ。それと生前はさほど評価されず、没後に高く評価されるようになったことである。
「イーハトーブ」は一般には賢治の心象世界における理想郷と説明されるが、まだよくわからない言葉である。イワテをもじった言葉だとか、エスペラント語だとか、様々な説があるが、確かなことは誰にもわからない。果たして解明される日が来るかどうかも疑問だが。

公園内の遊歩道を歩いて「宮沢賢治記念館」へ向かった。

「注文の多い料理店」は童話としてはちょっと怖いような。でもなかなかウイットに富んでいて私のお気に入りの作品である。
「宮沢賢治記念館」まで来た。「宮沢賢治イーハトーブ館」からかなり上り坂である。
残念ながら内部は撮影禁止。でもとても素晴らしい場所だった。もう少し浸っていたかったが、閉館時間になってしまった。
IMG_2429.JPG 
IMG_2431.JPG IMG_2432.JPG IMG_2433.JPG 
胡四王神社は「宮沢賢治記念館」300メートルほど先。

案内板を読む限りでは、ここは田村麻呂による創建で、越王こと大彦命については何も書かれていない。
IMG_2437.JPG
胡四王山から眺めた下界

「宮沢賢治イーハトーブ館」や「宮沢賢治記念館」から一番近い駅は新花巻駅。東北新幹線と在来線・釜石線の交差する駅である。
IMG_2443.JPG

こちらは在来線のプラットホーム

IMG_2444.JPG


ラグビーワールドカップを観に行きたいものだ。秋田から一番近いのは、東北唯一の会場である釜石。
IMG_2445.JPG 
 この列車に乗り花巻へ。そして北上、横手経由で秋田に戻った。今回もよい旅行が出来た。花巻にはまた機会を作って訪れてみたい。そして温泉マニアである私としては花巻温泉にも行かなくては。
 この列車はJR東日本盛岡支社管轄で一般的に使用されているキハ100形。秋田県内でも岩手県を結ぶ北上線や花輪線でも使われている。なお田沢湖線は電化されているのでキハではなく701系が使われている。
IMG_2447.JPG
東北本線
仙台・・・国府多賀城-塩釜-松島・・・・小牛田・・・・・・・・一ノ関-山ノ目-平泉・・・・・北上・花巻・・・・・・・盛岡

釜石線
花巻・新花巻


"花巻散策~宮沢賢治のふるさと" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント